やぶれかぶれ

すべては虚構

わからないという脱出口

 

「俺はこんなにマシタを怒らせちゃうのにどうしてそんな好きでいてくれるの?」

 

「わかんない」

 

わからないけど、一緒にいたい ということを言葉にした時スッと心が軽くなるのを感じた。

 

彼と付き合っている時も、別れた後も、ずっと私は自分の頭の中で考えをこねくり回して出た答えと、実際の感情の間でゆらゆら揺れて苦しんでたって、その時やっと理解出来た。

 

何故?を繰り返すと問題の本質がわかってくるってたまに聞くし実際そうなんだと思う。

 

でもそれは、問題の本質があるから有効なのであって、無ければ後に残るのは虚無なんじゃないか。いくら問題の答えを論理的に導いたって、結局で自分を納得させることが出来るかと言うと、それはまたちょっと違う気がする。

 

 

わからない、って答えるのは思考停止で逃げてるような気分になったけど、わからないことはわからないままでも良いんだ。答えが「わからない」でも良いんだ。

 

 

 

就職活動が三月から始まって、自分の将来、やりたいこと、特徴なんて、「わからない」のに、わかってなきゃいけないっていう場面が多くって気が滅入りそうになることもあったけど、たぶんそれって「わかんないけどこうありたい」「わかんないけどやってみたいかも」「わかんないけどこうなのかも」レベルでも良いのかなって思った。特に考えすぎちゃう私みたいなタイプの人は。

 

こんなに世の中に人間がいるのに、一秒先のことがわかってる人なんて1人もいないんだもんね。わからないことがあるなんて当たり前だもん。

 

 

 

また私は楽に生きるための考え方を身につけてしまったようだ。

 

 

ました。