やぶれかぶれ

すべては虚構

エゴイストと実存主義

 

政治のこととか、知ってなきゃダメみたいな風潮あるけど、私みたいな人間が政治に詳しくたって、なんだかSFアニメの細かい設定を知ってるのと同じくらい、自分の世界とは関係なくて、そんなレベルでニュース観てたりする。私が政治の汚職事件に詳しかろうと、世界情勢が緊迫していることやテロが相次いでいることを新聞やニュースで見聞きしても、世界は何も変わらないし、目下大学行くのに往復1300円かかることや、Amazonプライム会員に勝手になってて気づいたら3900円引き落とされていたことのほうが私には重大だ。

 

世界のどこかで今も誰かが死んでいることを知っていても、私は笑っていられるし、あんまりお世話になっていない祖父が倒れても悲しくもなんとも思わない。私は恋人がいつか死んでしまうことを想像してしている方が悲しい。

 

でも恋人が事故に遭って話すことが出来なくなったりしたら、私は今のように彼のことを愛せるのかと考えるとよくわからない。

 

私達はどこまでも自分勝手のエゴイストだ。

 

でも私はそうした自分たちの自分勝手さや、甘えや弱さを肯定できる人でありたい。

 

それだって人間らしさだから。人間の弱さや汚さを否定したら、人間は生きていることが出来ない。でも死んで綺麗になろうだなんてズルい。でも、わかる。

 

もっと心が綺麗なうちに死んでしまった方が良かったのかもしれないとふと思うのは私たちだけじゃないと思う。

 

「なぜ人間が生きているのか」という問に対して「そんな理由はない、人間に存在している理由などない」と考えたのはサルトルだったかな。

 

私たちの存在はあまりにも無意味だけど、それでも生きていくという選択は尊いと思いたい。

 

元気くん、キャメロン、スイスみたいな彼氏

 

テレビでまったく興味の無いサッカーを観てたら「原口元気」という選手の名前を見つけたけれど、それだけで元気がモリモリ出てきた気がする日もあれば、ラインニュースでキャメロン・ディアスの写真を久しぶりにみてあんな風に目尻のシワが美しい人でありたいと思ったりする日もある。

 

大好きな人が死んだ夢をみて号泣するのに、家族のひとりが倒れたのに何の感情も湧かない自分を冷酷だと思っても、でもそうだから仕方がない。

 

君のことが好きだよと言われて、内面が好きなんて不確かなものより、顔が好き、体が好きって言ってもらった方が嬉しいなんて、おかしいんだろうか。

 

それとも内面にも外見にもコンプレックスがある自分に対して、どちらも褒めると疑うからあえて外見しか褒めない優しい彼氏の優しさがこんなに心に沁みているのかとも思う。

 

コンビニでもらうレシートや、お釣りでもらった12円を、彼氏のポケットに捩じ込むような彼女でありたいと思う。その方が絶対可愛いから。

 

「君が世界中の人間を敵に回しても、僕だけは中立だよ」と言ってくれるスイスみたいな彼氏のことが好き。

 

 

 

終わらせる覚悟を決めた。

 

就活をやめる決心がついた。覚悟を決めた。

 

速めに就職活動をやっていたこともあって、先日私は内定を頂いた。

就活解禁の三月から数えたら、正直一か月も経ってない。

 

内定先は、規模的には大きくないけれど、やりたいと思ってたことがちゃんとやれる会社だし、なんといっても社長の考え方、物腰に感動して、「この人の会社にならついていきたい」と思えた。

 

内定を頂いてからそのあとに控えていた別の企業の選考を受けていたけれど、どうしても乗り気じゃなくなってしまって、「内定もらった会社でいいじゃん」と思う一方で、それが「就活からの逃げ」なのか「その会社に満足している」のかわからなくなってしまった。

 

今日は大手企業の二次選考の予約締切だった。けど、予約をしなかった。そして辞退のメールを送った。二社に送った。

 

「就活からの逃げ」の部分もあるんだろうけど、私は実際「その会社に満足している」。そう思う。

 

だからこれでいいんだと思う。

 

どう転んだって後悔はするだろうから、これで良い。

 

その先は自分自身の行動で変わってくることだもんね。

 

がんばろ。

 

 

ました。

わからないという脱出口

 

「俺はこんなにマシタを怒らせちゃうのにどうしてそんな好きでいてくれるの?」

 

「わかんない」

 

わからないけど、一緒にいたい ということを言葉にした時スッと心が軽くなるのを感じた。

 

彼と付き合っている時も、別れた後も、ずっと私は自分の頭の中で考えをこねくり回して出た答えと、実際の感情の間でゆらゆら揺れて苦しんでたって、その時やっと理解出来た。

 

何故?を繰り返すと問題の本質がわかってくるってたまに聞くし実際そうなんだと思う。

 

でもそれは、問題の本質があるから有効なのであって、無ければ後に残るのは虚無なんじゃないか。いくら問題の答えを論理的に導いたって、結局で自分を納得させることが出来るかと言うと、それはまたちょっと違う気がする。

 

 

わからない、って答えるのは思考停止で逃げてるような気分になったけど、わからないことはわからないままでも良いんだ。答えが「わからない」でも良いんだ。

 

 

 

就職活動が三月から始まって、自分の将来、やりたいこと、特徴なんて、「わからない」のに、わかってなきゃいけないっていう場面が多くって気が滅入りそうになることもあったけど、たぶんそれって「わかんないけどこうありたい」「わかんないけどやってみたいかも」「わかんないけどこうなのかも」レベルでも良いのかなって思った。特に考えすぎちゃう私みたいなタイプの人は。

 

こんなに世の中に人間がいるのに、一秒先のことがわかってる人なんて1人もいないんだもんね。わからないことがあるなんて当たり前だもん。

 

 

 

また私は楽に生きるための考え方を身につけてしまったようだ。

 

 

ました。

 

 

 

垢抜けない私と一重まぶた

 

この前、住む世界が違う人たちとお酒を飲む機会があった。

 

その人たちは、お金を沢山持っていて、年上で、いろんな経験をしているので、いろいろと学ぶところが多かった。

 

そのうちのひとりが、若くしてエステシャンとしてお店を経営している女の人で、

 

「あなたは顔も小さいし、肌も綺麗なんだからもっと可愛くなるよ、原石だよ」

 

と言われ、どうしたら良いのかときいたら

 

「髪を下ろして巻いたり、お化粧もきちんとして、二重整形」

 

と言われた。

 

私のまぶたは肉厚な一重なので、アイプチやアイテープでは二重にならない。それを見越してのアドバイスだった。

 

このエステシャンのお姉様以外にも、お金持ちのおじさまがたに

 

「あと十年後に会うべきだったね」

 

とか

 

「これからだね」

 

とか言われたけど、それはつまり今の私は垢抜けない小娘ってことで、ブスはもっと金かけて小綺麗にしろと言う意味だよなあ…とお酒の回った頭でぼんやり考えていた。

 

もう1人一緒に行った友達は顔が派手で可愛らしい子だったので「あなたは可愛いからなんもしなくていいよ」って言われていた。

 

五年くらい前の私なら劣等感に苛まれていたところだったけど、今の私は「二重の方がやっぱ可愛いっていう世の中だよなあ…」と他人事で、私は私で今の自分の顔も性格もこの垢抜けなさも嫌いじゃないなと思ってる。これはとても素敵なことだ。

 

テレビを見れば可愛い女の子はみんな二重まぶたで、黒目が大きくて、肌が白くて、細くて、スタイルが良くて、可愛い服を着ている。私もそんな人たちのことを可愛いと思う。

 

でも、私は私だから、一重で、目が小さくて、地黒で、変な体のバランスで、服のセンスが人にウケなくても、特別に可愛いと思ってあげている。長い付き合いだから特別。

 

だから、他人にいろいろ言われても、今後の参考にはするけど、それに振り回されないようにしたいな。

 

もしかしたら数年後とかにお金貯めて二重整形してるかもしれないけど、それは他人に言われたことを気にしてしてるんじゃなくて、自分がそうなりたいし、そうなった自分が好きになれると確信してやってるといい。

 

可愛いとは言われなかったけど、原石とは言われたので、とりあえず眉毛でも整えて好きな服着ておでかけしたい〜!

 

 

ました。

長文リハビリ

 

大学三年生の一月の後半。

 

テストのこと、ゼミのこと、卒論のこと、就活のこと、お金のこと、恋のこと。

 

考えることはいろいろあるけど、考えたくないなあと思いながら毎日過ごしております。

 

この頃は長文を書く習慣もすっかりなくなり、ブログ更新したいなと思いつつも、なかなか書くのを怠っておりました。今日は書くぞ!

 

 

と、言いつつも書くことが、ない。

 

ない。

 

ない。

 

最近思ったことを挙げていこう。

 

冬は寒い。

 

新しいバイト、声出し系の居酒屋なのだが、声出す必要性を全く感じないし、値段設定高めなんだからおとなしく静かにして。

 

ご飯に誘う際には「女として誘っている」のか「飲み仲間にしたい・なりたい」のかはっきり態度に出してほしい。それによってましたにもモードというものがあったりする。下ネタとか抑えたりする。

 

私もたまにインターン面白かったとか言っていたけど、就活のことをTwitterで言うのはやめようと思った。不快とかではないけど、ちょっとだけストレスを感じる。

 

私が中学生だったときはクルトガ千円だったのに、今はお安くなっているし、全身脱毛も昔はニードル式しかなかったし、技術の進歩の恩恵はいつも遅く生まれてきたやつが相対的に受容されるし、私はいつだって誰よりも遅く生まれたかったな。

 

Twitterで一度打ち込んでから、「今じゃないな」って思って下書きに保存してしまうことが多くなった。承認欲求よりも空気を読むようになった自分は成長したのか、何かを諦めたのか。

 

ホットミルクを飲むのにはまっている。でも牛乳を温めるとでる膜が嫌いだ。そもそもあの膜はなんだ。なにがどういう理由で固まったものなんだ。深夜一人でホットミルクを飲んでいるときは「私、女の子だ」と自分を労われる気がするのに、膜が口に入って「うg…」ってなるのすごいダサい。

 

ツイートの寄せ集めみたいだ。長文慣れのためのリハビリということで。

 

今日はこのへんで。

 

 

ました

 

 

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